
花火の大きな要因として、色だったり形の美しさ、響き渡る音などがありますが中でも大切にしていることは「音」「リズム」ですね。「リズム」っていうのは日本独自の文化である「わびさび」につながるものがあって、ただドカンドカン上げればいいってものじゃない。ちょっとした「間」を設けることで引き立つ部分、そういう抑揚のある「リズム」にこだわった演出を心がけていますね。
また今後も、日本人だからこそのこだわり「わびさび」を意識した「リズム」を演出していくことで、日本の大切な文化を継承していけたらいいなあと考えています。
何といっても子供の存在は大きいですね。子供によって自分自身成長させてもらえたなと思います。まだ子供が小さい頃の話ですけど、ある時子供の前で疲れた顔をしていたんですね。そしたら、子供がどうしたの?という顔をして覗き込んでくるんですよ。
もちろん言葉は通じませんが、そんな表情で心配してくれるんです。疲れた顔なんかしてたら、こんな小さな子にも、心配をかけちゃうんだな。って気づかせてもらえたっていうか。いつも元気に笑顔でいることって大切なことだなって思うんですよね。だから私の原動力は「笑顔」と「子供」かな。
当主を継いだ当時はプレッシャーは感じなかったですね。というよりプレッシャーが何か分からなかったと言ったほうがいいかな。もちろん花火の専門的なことを聞かれた時にはちゃんと答えなきゃなんてプレッシャーはあったかも知れないけど、ただ父の跡を継ぐんだ、という意識だけでしたね。
代を継ぐということは花火師として花火を追求することはもちろんだけど、それだけじゃなくて人間性を追求していくことが大切なことだと思います。だから一期一会の出会いを大切にし、絆を深めることによって「やる気」や「前に進む勇気」を周りの人からもらっていますね。
カレンダーは毎年、多くの要望を受け入れてくれて、どこにもないオリジナルを実現してくれるので満足しています。毎年、今年はどんなアイディアが飛び出すのかって、鍵屋のカレンダーを楽しみにしてくれるファンも結構いるんですよ。
会社案内は和英併記にしたことで、なんだか国際的になったねという声をよく耳にします。また、花火の写真を多く使ったことで、花火業界以外の人にも見ていて楽しめる会社案内になったことがよかったと思っています。
もともと地元に根ざして生きている私としては、地元との密着を大切にしたいというのがあって、その中でブライトさんとも付き合いが始まった訳ですが、いつもプラスアルファのサービスをしてくれるという点で信頼関係を築いてこれたと思います。かゆいところに手が届くというか、仕事以外のことにも気を利かせてくれる姿勢には感謝しています。今は江戸川を離れてしまったけど、そうやって築いてきた単なる仕事の表面上の付き合いではない、人対人の関係を今後も大切にしていけたらいいなあと思っています。
花火といえば沸き上がる拍手や歓声に混じって「たまや〜」「かぎや〜」という掛け声がかかりますよね。でも「たまや〜」「かぎや〜」って何だ?と思っている人も多いのでは?
もともと江戸中期、両国の大川(現在の隅田川)にて川開き花火大会(隅田川花火大会の原型)が開催された際に、そこで活躍した花火師が、鍵屋六代目弥兵衛だったのです。その後「鍵屋」番頭の静七がのれん分けをし「玉屋」となり川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」が担当して二大花火師の競演となります。これを応援するための掛け声が「たまや〜」「かぎや〜」だったのです。
その時代から350年続く老舗中の老舗、泣く子も黙る花火の名門それが「宗家花火鍵屋」です。(「玉屋」は出火で大火事となり江戸時代に江戸追放・廃業となっています。)